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「世界」  2013/8  【 以下、無断転載・無断作成 】



橋下発言をどうみるか

日本軍「慰安婦」問題再考



吉見義明
よしみ・よしあき 一九四六年生まれ。中央大学商学部教授(歴史学)。著書に『草の根ファシズム』(東大出版会)・『従軍慰安婦』(岩波新書)・『日本軍「慰安婦」問題とはなにか』(岩波ブックレット)など。



はじめに

 今年五月一三日に行われた橋下徹大阪市長(日本維新の会共同代表)の日本軍「慰安婦」問題に関する記者会見は、多くの波紋を呼んでいる。私は、昨年八月から始まった彼の「慰安婦」発言を問題にしてきた。それは、「軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行」がなければ、日本国家に責任はなく、また、そのような連行の証拠はないというものだった。これは、安倍晋三首相の主張と同様のものだが、彼は、この自説を補強しようとして、吉見もこのような「強制連行という事実というところまでは認められない」といっている、とまったく根拠のない発言もしていた(八月二四日)。

 これに抗議するために、私は昨年一〇月二三日に大阪市役所に出向き、この発言の撤回と謝罪を要求した。当日、橋下市長は面会せず、その後、一〇月二九日付けの手紙が届いたが、その内容は、東京基督教大学の西岡力教授が、雑誌『WiLL』(二〇一二年一○月号)で、一九九七年一月の「朝まで生テレビ」で「朝鮮半島で権力による慰安婦の強制連行はあったということは証明されていますか」と聞いたところ、吉見が「証明されていません」と答えたと述べていることに基づいている、というもので、発言の撤回も謝罪もなかった(西岡教授の発言には「朝鮮半島で」という限定と「権力による」という限定がついているのだが)。

 そこで、本年六月四日、東京・大阪の五名の弁護士とともに再び大阪市役所に行き、橋下市長に、「慰安婦」問題に関する基本的な認識を質し、あわせて発言の撤回と謝罪を求める「公開質問状」を提出した(その全文は「日本の戦争責任資料センター」のホームページでみることができる)。今回も、橋下氏は面会を拒否されたが、七月五日までに誠実な回答がなされるよう期待しているところである。

 この間、橋下市長は発言を続け、論調も変転している。また、橋下発言には強制性の認識で安倍首相の持論と通底するところもあるので、改めてその問題点を検討し、何が問われているのかという根本問題を考えてみたい。


1 橋下市長の主張の要点

 橋下市長の発言の要点は.、つぎの七つだろう。まず、「慰安婦制度というものが必要なのは誰だってわかるわけです」という発言に明白に示されているように、「慰安婦」制度は必要だったと肯定していることだ(五月一三日)。彼は、後に、この発言はマスメディアによる誤解だと言うようになるが、発言自体はいまだに撤回していない。

 第二は、「もっと真正面からそういう所〔風俗業〕を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的エネルギーをきちんとコントロールできないじゃないですか」と述べているように、事実上、米軍に沖縄で買春するよう提言したことだ。彼は、この発言を二七日に撤回し、アメリカ政府とアメリカ国民に謝罪したが、沖縄の人びとには謝罪していない。

 第三は、「慰安婦」制度が性奴隷制度であることを否定しているだけではなく、慰安所での強制性も否定していることだ(一五日)。

 第四は、「軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行」(以下、「軍・官憲による略取」と略記する)の有無だけを問題とし、この問題の本質をみようとしていないことだ。この点については、安倍首相や多くのマスメディアも同じである。

 第五は、軍・官憲による略取の事実が否定できなくなった時、個々の兵士に責任を転嫁し、国家の意思としての組織的拉致・組織的人身売買の有無を言いはじめたことだ(二七日)。外国特派員協会での会見で、橋下氏が配布した「私の認識と見解」には、「日本兵が「慰安婦」を利用したことは、女性の尊厳と人権を蹂躙する、決して許されないものであることはいうまでもありません」などとあるように、日本軍という主語が意図的に落とされている。

 第六は、欧米の軍やその他の軍にも同様の問題が存在したと言い、日本軍「慰安婦」問題を相対化しようとしていることだ(二七日)。

 第七は、日本は世界からレイプ国家だと非難されており、日本だけが国をあげて強制的に拉致したから問題だといわれているとし、これは不当だと述べていることだ(一三日)。 。


2 何が問われているか−軍慰安所での強制がすべて

軍慰安所での強制とは 私はこれまで、軍慰安所で強制があったことが最大の問題であること、また、軍がつくった「慰安婦」制度は性奴隷制であったことが問題なのだと論じてきている。それが性奴隷制である根拠は、この制度の下では、「慰安婦」とされた女性たちには、居住の自由、外出の自由、廃業の自由(自由廃業の権利)、拒否する自由がなかったからだ。

 民間の売春宿を一時的に軍が指定する軍利用慰安所を別にすれば、軍がつくった軍直営・軍専用の慰安所では、女性たちは慰安所の狭い一室で起居しなければならなかった。外出の自由がなかったことは、各部隊が制定した慰安所規定に外出を制限する規定が多くあり、逆に「外出は自由」と規定するものが一件もないことから証明できる。また、自由廃業の権利が書いてある規定は一件もないことから、廃業の自由はなかったといわぎるをえない。前借金を負っている女性たちが借金を返せば自由になれることを廃業の自由と勘違いする論者がいることは驚きだが、いうまでもなく、借金を返し終えなければ廃業できないのであれば、それは性奴隷制である。また、軍慰安所で女性たちが軍人の性の相手を拒否することが不可能だったことはいうまでもないだろう。

 ところで、一九九三年に発表された河野洋平官房長官談話は、慰安所における強制について「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」とし、「本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。」と認めている。阿倍首相や橋下市長は、これを見直したいのだろうが、この河野談話の認識は守られるべきものであり、ここからの後退は許されない。付言すれば、河野談話は、できればもっと前に進み、軍「慰安婦」制度は性奴隷制であったことを認め、また、「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」のは日本軍であった、と主語・主体を明確にすべきであろう。

アメリカ社会の認識 二〇〇七年七月に、アメリカ議会下院は、「慰安婦」問題について全会一致で決議を行ったが、この決議は「若い女性たちに対し、日本軍が性奴隷制を強制したことについて、明確かつ曖昧さのない形で歴史的責任を正式に認め、謝罪し、受け入れるべきである」と日本政府に勧告している。このように、アメリカ社会の認識は、連行時に「軍・官憲による略取」があったかどうか、という極小化されたことを問題にしているのでほない。現に、ブッシュ政権の国家安全保障会議上級アジア部長だったマイケル・グリーン氏は、当時「〔「慰安婦」とされた女性たちが〕強制されたかどうかは関係ない。日本以外では誰もその点に関心はない。問題は慰安婦たちが悲惨な目に遭ったということであり、永田町の政治家たちは、この基本的な事実を忘れている」と、安倍首相たちの言動を批判していた(『朝日新聞』二〇〇七年三月一〇日)。

 最近、日本のメディアの中で、アメリカでのこのような認識があらためて紹介されているが、それにふれながら、世界で何が問われているかを考えてみよう。

 元外交官の東郷和彦氏は、二〇〇七年にアメリカで開催された歴史問題シンポジウムで聞いたあるアメリカ人の意見をつぎのように紹介している。

 日本人の中で、「強制連行」があったか、なかったかについて繰り広げられている議論は、この問題の本質にとって、まったく無意味である。世界の大勢は、だれも関心を持っていない。……慰安婦の話を聞いた時彼らが考えるのは、「自分の娘が慰安婦にされていたらどう考えるか」という一点のみである。そしてゾッとする。これがこの問題の本質である。
 ましてや、慰安婦が「甘言をもって」つまり騙されてきたという事例があっただけで、完全にアウトである。「強制連行」と「甘言でだまされて」気がついた時には逃げられないのと、どこが違うのか。……もしもそういう制度を「昔は仕方がなかった」と言って肯定しようものなら、女性の権利の「否定者」(denier)となり、同盟の担い手として受け入れることなど問題外の国ということになる。(『世界』二〇一二年一二月

まったくその通りで、問題の本質のひとつはここにあると思う。そして、一言つけ加えれば、当時においても、日本・朝鮮・台湾から騙しや甘言により人を国外に移送することは刑法上の重大な犯罪だったのだ(刑法第二二六条「国外移送目的誘拐罪」)。

 次に在米の作家、冷泉彰彦氏は、人身売買の問題にふれて、次のように述べている。

 現在の米国的な人権感覚からすれば「本人の意に反し、借金を背負って売春業者に身売りされ、業者の財産権保護の立場から身柄を事実上拘束されている女性」というのは「人身売買」であり「性奴隷」だと見なされます。映画「レ・ミゼラブル」では、ファンティーヌという女性がシングルマザーとして経済的な苦境から売春婦になる設定がありますが、「強制連行はなかった」から問題はないとする主張は、彼女の痛苦を否定するのと同じで、セカンドレイプに近い行為と見なされかねない。日本は現在進行形で「女性の権利に無自覚な国」だと思われます。(『朝日新聞』二〇一三年一月二九日

 これもまったくその通りだと思うが、これもやはり同じで、当時においても、人身売買により日本・朝鮮・台湾から人を国外に連れて行くことは重大な犯罪だった(刑法第二二六条「国外移送目的人身売買罪」)ことを確認しておきたい。


3 日本国家の責任となること

 そこで、いま何が問われており、日本国家の責任となることとは何かを改めて確認してみよう。まず、第一は、軍慰安所での強制である。軍の施設として軍人・軍属専用の性奴隷制度を作り、維持・拡大したことの責任が問われている。

 第二は、満二一歳未満の未成年者を移送したことである。当時日本が加入していた「婦人・児童の売買禁止に関する国際諸条約」(一九〇四年条約・一九一〇年条約・一九二一年条約)では、満二一歳未満の女性を売春目的で勧誘・誘引・拐去した者は、女性の承諾があった場合でも、処罰しなければならない義務を日本政府は負っていた。

 第三は、戦地での軍・官憲による略取、軍・官憲による権力乱用(半強制)、および業者を使っての誘拐・人身売買である。このうち、軍・官憲による権力乱用(半強制)とは、戦地の軍が地元の有力者に女性を差し出すよう要求し、有力者がやむなく地元の弱い立場にある女性を「人身御供」として差し出すような場合をさす。

 第四は、植民地や日本内地での、軍・官憲に選定された業者による略取・誘拐・人身売買である。繰り返しになるが、国外移送目的の略取・誘拐・人身売買は刑法第二二六条に違反する犯罪だった。なお、朝鮮で軍・官憲による略取、軍・官憲による権力乱用(半強制〉があったかどうかは、被害者の証言はあるが、私見では、確定されていないと思う。一挙に大量に徴募しなければならなかった時に、たとえば、一九四一年七月以降の関東軍特種演習(関特演)の時にどうだったのか、は解明すべき課題として残されている。

 ところで、河野談話は、強制とは「本人の意思に反して」行われることと定義し、第一は認めている。第二については論及していない。第三・第四は略取・誘拐を含めてほぼ認めている。なぜなら、全般的状況について「慰安婦の募集については……甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」とし、朝鮮半島については、「その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」としているからである。「甘言、強圧」というのは誘拐・略取であるが、「等」の中に権力乱用や人身売買が含まれているようにも思われる。そう解していいのか、関係者に聞いてみたいところである。

  日本は一九二一年条約第一四条により、この条約を植民地には適用しない措置をとっていたが、国際法律家委員会は、これは植民地などに残っている持参金・花嫁料の支払いなどの慣行をただちに一掃することができないため挿入されたもので、花嫁料などの慣行がない「朝鮮女性に加えられた処遇について、その責任を逃れるためにこの条文を適用することはできない」と述べている(国際法律家委員会『国際法からみた「従軍慰安婦」問題』明石書店)。また、女性たちが日本の船舶で移送される場合、日本の船は国際法的には日本の本土とみなすことができるので、植民地除外の宣言にもかかわらず、この条約が適用されることになる。


4 軍・官憲による略取の証拠はないか

 戦地・占領地での軍・官憲による略取は数多く認められる。まず、被害者の証言がある。フィリピンでは、名乗り出た女性たちの殆どがこのケースである。代表的なケースとして、マリア・ロサ・ルナ・フェンソンさんの記録は確実なものである(藤目ゆき『ある日本軍「慰安婦」の回想』岩波書店)。中国では、山西省での調査記録は、被害者の証言だけではなく、家族や村の住人の証言も含めた貴重な記録であり、反証は無理だろう(石田米子・内田知行編『黄土の村の性暴力』創土社)。

 公文書では、インドネシアのスマラン事件関係裁判資料があり、軍・官憲の略取によりオランダ人女性を慰安所に入れたことが確認されている(『朝日新聞』一九九二年七月二一日夕刊・八月三〇日、「日本占領下オランダ領東印度におけるオランダ人女性に対する強制売春に関するオランダ政府所蔵文書調査報告」一九九四年一月、梅村太一朗ほか編『「慰安婦」強制連行』金曜日)。

 また、このオランダ政府の報告書によれば、スマラン事件以外に、ブロラでの軍による略取(監禁・レイプ)、一九四四年一月のマゲラン事件、同年四月のスマラン・フロレス事件、一九四三年八月のシトボンド(ボンドウオソ)事件など八件の軍・官憲による略取(未遂を含む)が挙げられている。

 白人女性ではなく、インドネシア人女性の軍・官憲による略取については、アンボン島で、海軍が「慰安婦狩り」を行ったという元主計将校、坂部康正氏の証言(海軍経理学校補修学生第一〇期文集刊行委員会編『滄溟』同委員会)、サパロワ島で民政警察が強制的に連行したという禾晴道(のぎはるみち)氏の証言(禾晴道『海軍特別警察隊』太平出版社)、ルアン島・セルマー夕島の女性をモア島で強制的に慰安所に入れたという、極東国際軍事裁判の証拠記録(オハラ・セイダイ元陸軍中尉の証言、内海愛子ほか編『東京裁判−性暴力関係資料』現代史料出版)などがある。

 日本の裁判所は、中国の山西省と海南島で、軍が女性たちを略取した事実に関して、たとえば、「日本軍構成員によって、駐屯地近くに住む中国人女性(少女も含む)を強制的に拉致・連行して強姦し、監禁状態にして連日強姦を繰り返す行為、いわゆる慰安婦状態にする事件があった」と認定している(中国人第一次裁判東京高裁判決・二〇〇四年一二月一五日)。これ以外にも、中国人第二次裁判東京地裁判決・二〇〇二年三月二九日、同東京高裁判決・二〇〇五年三月一八日、山西省裁判東京地裁判決・二〇〇三年四月二四日、同東京高裁判決・二〇〇五年三月三一日、海南島裁判東京高裁判決・二〇〇九年三月二六日などで、軍による略取の事実を認定している。なお、中国人第二次裁判の認定は、最高裁も被害事実を要約して確認している(坪川宏子・大森典子『司法が認定した日本軍「慰安婦」』かもがわ出版)。

 このように、軍・官憲による略取の証拠は、数多く存在するのである。なお、軍による誘拐については、極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)の判決が、「桂林を占衛している間、日本軍は強姦と掠奪のようなあらゆる種類の残虐行為を犯した。工場を設立するという口実で、かれらは女工を募集した。こうして募集された婦女子に、日本軍隊のために醜業を強制した」と認定している(極東国際軍事裁判所編『極東国際軍車裁判速記録』第一〇巻、雄松堂書店)。


5 軍・官憲が選定した業者による誘拐・人身売買

 朝鮮から女性たちが国外に移送される場合、未成年者が移送されたり、誘拐や人身売買により移送されたりするケースがほとんどだったということについては、異論はない。漢口慰安所の慰安係長だった山田清音元陸軍大尉は「内地から来た妓はだいたい娼婦、芸妓、女給などの経歴のある二十から二十七、八の妓が多かったのにくらべて、〔朝鮮〕半島から来たものは前歴もなく、年齢も十八、九の若い妓が多かった」と認めているし、「朝鮮では業者が別の名目で募集し実際は慰安婦にさせられた者が多い」と、誘拐が多かったことも認めている(『武漢兵站』図書出版社)。

 また、同じ漢口慰安所で性病検査を担当した長沢健一元軍医大尉は、日本から売春経験のない女性が編されて連れて来られ、「こんなところで、こんなことをさせられるとは知らなかった」といって泣いて抗議する場面に直面している。この女性は誘拐と人身売買が重なったケースだが、解放されることなく、そのまま「慰安婦」にされている(『漢口慰安所』図書出版社)。

 アメリカの公文書によると、一九四二年に七〇三名の朝鮮人女性が日本の周旋業者によって、「病院にいる負傷兵を見舞う」といった欺罔(騙し)と、「楽な仕事」といった甘言により集められ、数百円の前渡金を受け取ってビルマに移送され、「軍の規則と「慰安所の楼主」のための役務に束縛された」と記されている(アメリカ戦時情報局心理作戦班「日本人捕虜尋問報告」四九号、吉見『従軍慰安婦資料集』大月書店)。これは誘拐と人身売買が重なったケースと解するほかない。

 秦郁彦氏は、「倍頼性が高いと判断してえらんだもの」として、九例の証言記録を挙げているが、そのうち、一例が軍による強制、六例が誘拐か人身売買である(他は、シンガポールでの募集が一例、ビルマで中止したのが一例)。このうち、四例が朝鮮からの移送のケースだが、具体的には、歌や踊りなどの慰問と聞いて応募したケース(誘拐)、親に前借金を渡すケース(人身売買)、陸軍直轄の喫茶店・食堂と言ってだまされたケース(誘拐)、たんまり儲かるといわれて行ったケース(甘言なので誘拐)である(『慰安婦と戦場の性』新潮社)。

 これらの他に、私は橋下市長への公開質問状に、誘拐・人身売買であったことを示す元軍人・軍属・従軍記者の証言記録を六点添付しておいたが、朝鮮人女性の多くは、誘拐や人身売買という犯罪の犠牲者として移送されたことはもはや否定できないであろう。

 問題と思われるのは、当事者のほとんどが犯罪を見逃すか、犯罪であると認識していなかったことであろう。その証拠として、業者が逮捕されたとか、女性たちがただちに保護・解放され、故郷に送還されたという事例がないことが挙げられる。罪を犯した業者は、純粋の民間人ではなく、軍・官憲に選定されて、様々な便宜を供与されている者であり、身分は無給軍属あるいは軍従属者とされていた。また、誘拐・人身売買された女性たちは軍の施設である慰安所に入れられ、そこで犯罪が成立し継続されるのだから、軍の責任は免れないことになる。


6 軍による組織的な性奴隷制の創設・維持・拡大

組織的な軍慰安所の設置 日本軍が組織的に軍「慰安婦」制度をつくり、それを維持・拡大していき、内務省・外務省・朝鮮総督府・台湾総督府がそれに協力したことはすでに資料により解明されている。

 そのいくつかを例示すれば、陸軍省は一九三七年九月二九日に陸達第四八号「野戦酒保規程改正」を公布し、「野戦酒保に於ては前項の外必要なる慰安施設をなすことを得」という条文を加えて、軍慰安所を軍の施設として設置できる措置をとった(永井和「日中戦争から世界戦争へ』思文閣出版。引用文はカタカナ混り文。以下同様)。

 北支部方面軍参謀長は、一九三八年六月二七日に「成るへく速に性的慰安の設備を整」えるよう指示している(「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件通牒」)。

 倉本敬次郎陸軍省人事局恩賞課長は、一九四二年九月二日の陸軍省課長会報で「将校以下の慰安施設を次の通り作りたり」と述べ、「北支100ケ、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400ケ所」という数字をあげている(「金原節三〔陸軍省医務局医事課長〕業務日誌」)。これは、一九四二年に陸軍省が四〇〇箇所で軍慰安所を作ったということである。

政府・軍は徴募・渡航の方法・条件を指示 陸軍省は、一九三八年三月四民、慰安婦の「募集等に当りては派遣軍に於て統制し、之に任ずる人物の選定を周到適切にし、其実施に当りては関係地方の憲兵及警察当局との連繋を密に」するよう指示している(陸軍省副官通牒「軍慰安所従業婦等募集に関する件」)。

 内務省は、同年二月二三日、慰安婦の渡航は「必要己むを得ざるものあり」と承認し、内地からの渡航は「現在内地に於て娼妓其の他事実上醜葉を営み、清二十一歳以上且花柳病其の他伝染性疾患なき者」に限って「黙認することとし」、身分証明書を発給するよう、各府県知事に指示している(内務省警保局長「支部渡航婦女の取扱に関する件」)。これは、内地から渡航する「慰安婦」は、満二一歳以下は渡航を認めない、満二一歳以上は「現在内地に於て娼妓其の他事実上醜葉を営」む者以外は認めない、というものだが、このような制限を課す通牒ほ、朝鮮・台湾では出されなかった。明白な差別的取扱いがなされていたことになる。

 内務省は、同年一一月、第二一軍の要請を受け、大阪(一〇〇名)・京都(五○名)・兵庫(一〇〇名)・福岡(一〇〇名)・山口(五〇名)に人数を割り当て、警察が業者を選定して集めさせるよう指示している(内務省警保局「支部渡航婦女に関する件伺」)。業者選定の際には、「何処迄も経営者の自発的希望に基く要取運び之を選定すること」と注意している。なお、この文書には、台湾総督府もすでに三〇〇名の女性を手配済みであるとも記されている。

 このようにみてくると、日本軍「慰安婦」問題は、「日本軍が多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」であり、「慰安所は、当時の軍当局が設営したものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接行った」という、あいまいさのない認定をすべきだと私は思うが、いかがだろうか。


7 すべての軍が慰安所を持っていたか

 この問いについては、ふたつのことを述べておきたい。

 第一に、みんながやっていれば、正当化できるか、ということである。日本軍の責任を相対化するような立論は、説得力を持たないであろう。

 第二に、日本軍のような「慰安婦」制度は、ほとんどの軍は持っていない。とくに、外征軍ではない軍隊、たとえば中国の八路軍などにはありえない。欧米の軍隊にも、ドイツ軍を除けばなかった(ドイツ軍の性的施設の実態はまだよくわかっていないが)。

 アメリカ軍は、軍の施設としての性奴隷制度は持っていなかった(林博史ほか編『暴力とジェンダー』白澤社)。日本軍は、軍の施設として作り、設置の指示、慰安所の監督・統制、建物・資材・物品の提供、慰安所規則や料金の制定、性病検査の実施など、軍の中にシステムとして抱え込んでいるのが特徴である。

 また、アメリカ政府・軍中央がそのような制度を認め、全軍的に設置することはありえなかった。戦地の一部部隊で民間売春宿を公認したことはあったようだが、これほ、日本軍の軍直営慰安所・軍専用慰安所とは異なり、日本軍でいうと民間売春宿を一時的に指定する軍制用慰安所程度だったと思われる。

 さらに、アメリカ軍が女性たちを集めることもありえなかった。日本軍の場合は、戦地では軍が直接集めることもあった。植民地などで業者に集めさせる場合は、業者の選定、資金斡旋、女性集めへの支援、移送なども軍が行っていた。当時、ドイツは植民地を持っていなかったので、植民地の女性を戦地に連れて行ったのは日本軍だけということになるだろう。

 第二次世界大戦中の軍隊の中で、日本軍のような全軍的な性的施設をもっていた軍隊は、ドイツ軍をのぞいてはなかったというべきであろう。

8 日本は世界から「レイプ国表」と非難されているか

 橋下市長は、日本は世界からレイプ国家と非難されているとして、不当な非難には反論しなければならないと述べているが、本当にそのような非難はあるのだろうか。

 二〇〇七年に出された各国議会と欧州議会の「慰安婦」問題に関する決議を見ると、アメリカ議会下院決議は、日本軍が若い女性たちに性奴隷制を強制したことを問うているだけだ。欧州議会の決議も日本軍が「若い女性を強制的に性奴隷状態においた」行為を明確かつあいまいさのないやり方で認め、謝罪し、法的責任を受けいれるように勧告している。カナダ議会決議は、「日本帝国軍のための「慰安婦」の性奴隷化や人身売買」が存在し、「日本帝国軍が強制売春制度に関与した」と述べている。オランダ議会下院決議は、日本が「運営した強制性奴隷制度」に日本政府は責任があると言っている。しかし、いずれの決議にも、日本は「レイプ国家」だという言及はない。日本は世界からレイプ国家と非難されているというのは、事実に基づかない発言というほかない。

おわりに

 橋下発言は世界から厳しく批判されているが、その中で、改めて指摘・確認されたことは何であろうか。

 私なりに要約すると、@日本政府は、「慰安婦」制度は軍が作った性奴隷制であると主語・主体を明確にして認めること、A教育に反映すること、B妄言に政府が反論すること、C明確な謝罪と政府による賠償を行うことである。問われていることははっきりしている。問題は、それにどう応答するかであろう。






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