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「世界」  2011/02  【 以下、無断転載・無断作成 】



派遣法改正はなぜ必要か

「派遣切り」被害者は問う



竹信三恵子
たけのぶ・みえこ 朝日新聞編集委員。二〇〇九年、「貧困ジャーナリズム大賞」受賞。主な著書に『日本株式会社の女たち』(朝日新聞社)『ワークシェアリングの実像』(岩波替店)『雇用劣化不況』(岩波新書)など。



 二〇〇八年秋のリーマン・ショックを引き金とした同年暮れの「派遣切り」と、それに続く「年越し派遣村」。これらの事件に背中を押される形で実現した二〇〇九年の政権交代だったが、公約の労働者派遣法改正は、「派遣切り」二年目を迎える今も、たなざらし状態だ。
 改正の動きを鈍らせてきたのは、「派遣労働の規制を強化すれば失業が増える」との主張だ。だが、「派遣切り」にあった当事者たちからは、派遣の無制限な拡大こそが失業の温床ではないのか、との声が噴き出している。

技能も健康も年金も失った

 政権交代後まもない二〇〇九年秋。朝日新聞(九月一二日付)に、派遣労働の規制強化を懸念する企業幹部たちの発言が掲載された。「工場の海外移転が加速する。日本のものづくりを維持するには、柔軟な雇用の余地を残すべきだ」(日産自動車幹部)、「正社員を簡単に増減できない中で、派遣の禁止は難しい」(トヨタ自動車幹部)といった声だ。
 しかし、二年後の今も失業に悩む「派遣切り」体験者の間では、「失業したのは派遣の規制のせいではなく、簡単に働き手を切ることができる派遣の拡大のせいではないのか」との声が少なくない。二〇一〇年一二月、その一人、Aさん(五六)を、神奈川県営住宅「いちょう団地」に訪ねた。
 この団地は、「派遣切り」直後、派遣会社の寮を追い出された派遣社員たちの緊急の住まいとして提供された。二〇〇九年一月、大手自動車会社の派遣切りでこの団地に駆け込んだAさんは、派遣法が制定された一九八五年以前から、当時「請負会社」と言われた会社の寮に住み込み、自動車の部品工場など、さまざまな会社に派遣されて働き続け、リーマン・ショックを機に仕事を失った。
 失業手当はすでに切れ、生活保護で暮らしながら、いくつもの会社の面接を受け続けている。生活ぶりを厳しく監視される生活保護は、受けたくないが、その場限りの単純作業を繰り返す派遣人生では、就職に役立つ資格も技能も身につかない。重い部品を持ちあげる作業の連続で、四〇代後半に腰を痛めたが、派遣会社には健康保険がなく、医師の治療を受けられなかった。後遺症で、今は腰に負担のかかる肉体労働ができない。
 三カ月の公的職業訓練はパソコン操作の初歩程度で、仕事にはつながらなかった。施設管理の資格などをとれる六カ月訓練を希望したが、枠がいっぱいで難しいといわれた。「年齢不問」をうたった仕事でも、年齢を言ったとたん断られる。あと四年で六〇歳なのに、年金はない。「懸命に働いてきたのに、派遣では何も残らなかった」。

もう派遺だけは嫌

 この年、団地を出て、近所に一間のアパートを借りたBさん(四七)も生活保護を受けながらハローワークに日参する。高校を卒業後、正社員として働いてきたが、勤め先の倒産で〇四年、派遣会社に登録。大手自動車工場に派遣されたが、リーマン・ンヨックのあおりで、〇九年一月に派遣切りにあった。正社員として派遣を見ていたとぎは、時給の高い自由な働き方に見えた。だが、実際に働き始めて鷲いた。〇八年に入って仕事が減り、残業がなくなると、月収は手取りで二〇万円程度に落ちたが、派遣先に直接雇われている期間工は、ほぼ同じ労働で月六万円も高かった。期間工の日給は 一万六〇〇〇円なのに、派遣工は一万五〇〇円。夜勤手当も、期間工六万二〇〇〇円に対し、派遣工は月二万八〇〇〇円。派遺会社が経費や利益として差し引いた分が、期間工との差だと知った。
 派遣会社が社員寮として提供する3LDKのマンションには、三人が住んでいたが、家賃は一人四万円で、光熱費などの実費も引かれた。同じ間取りの隣の住人に家賃を聞いたら「八万円」と言われた。八万円の家賃に一二万円も払っていたのかと思った。「実際に働いているのは自分なのに、派遣会社が、なぜこれほどピンはねするのか」と腹が立った。その矢先の派遣切りだった。
 Cさん(三〇)も、いちょう団地から出て、生活保護を受けながら近くのアパートで暮らし始めている。父の失業で生活が苦しくなり、再婚した義理の母に気兼ねして高卒で自活を始めた。就職氷河期世代で仕事が見つからず、二五歳までフリーターで働いた。そろそろお金も貯めなければと二〇〇五年、求人誌で見つけたのが、「月収三〇万円保障」とあった工場派遣だった。だが、手取りは月二〇万円程度にしかならず、貯金はできなかった。寮があると言われてアパートは引き払ってしまったため、寮つきの派遣の仕事を続けるしかなかった。正社員の口はないのに、派遣ならどこでも雇ってくれた。「一旦入ると足抜けが難しいアリ地獄状態だった」と振り返る。
 派遣への差別もこたえた。正社員は、派遣社員を遠巻きにし、労働力としてしか見ない。派遣会社の社員だからと、駅から工場までの交通費も出ず、朝晩一本ずつしか出ない派遣会社のマイクロバスに乗る以外、工場を出る方法がない。派遣先から会社主催の飲み会に出るように言われたが、正社員には出る参加費の補助が、派遣には出ない。自前で四〇〇〇円払った。やがて重い部品を運ぶ作業で腰を痛め、ヘルニアと診断された。Aさん同様、今は肉体労働が難しい体だ。
 ○八年一二月に派遣切りされたが、年末では面接をしてくれる会社がなく、住む場所がない。交渉で年明けまで寮にいられることになったが、その分の家賃を引かれ、寮を出るときの所持金は三万円だけ。「ゴミを捨てるように捨てられた」と言う。
 派遣法の改正を前になりを潜めていた派遣の求人が、改正が延びるにつれ、最近、再び急増しつつある。「派遣では先がない。派遣以外の仕事ならなんでもやろうと、何十社も回った。だが求人が派遺ばかりで、それ以外の選択肢がほとんどない。早く派遣労働を規制してくれないと仕事につけない」とBさんもCさんも訴える。

雇用劣化の再生産

 「派遣の規制が失業を生む」という理前に、派遣労働が次の仕事に就けない働き手を生み出していることを示す証言だが、その背景にあるのが、日本の派遣労働のあり方だ。
 パートや契約社員などと異なり、派遣は「間接雇用」だ。この仕組みでは、派遣社員は派遣会社(派遣元)の社員であり、派遣先の会社は派遣を受けているだけということになる(図1)。その結果、働いている先で問題が起きても、その管理者などに直接、労使交渉などで改善を申し入れることが難しく、働き手としての基本的な権利が行使しにくい。
 一九九五年の最高裁判決では、「労働者の基本的な労働条件等について雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配・決定することができる地位にある場合」は、派遣先も派造労働者の団体交渉を受ける義務があるどされた。だが、「同視できる程度」の認定は簡単ではない。
 本来なら、派遣会社は、自社の派遣社員の意向を派遣先に伝えて改善させるのが筋だが、派遺会社にとって派遣先は「お客」だ。「顧客サービス」を優先し、派遣会社は派遣社員の苦情を抑え込む場合が少なくない。この枠組みでは、職業訓練や福利厚生、賃金も「雇い主」である派遺会社の負担だから、「正社員には出る飲み会の補助が、派遣には出ない」のは、ある意味で当たり前となる。
 しかも、同一の価値の労働に同一の賃金、という仕組みが整備されていない日本社会では、派遣社員が派遣先の正社員と同じ仕事をして、派遣会社の決めた低水準の賃金しか支払われないことが違法とはなりにくい。同じ価値の仕事に同じ賃金を担保する仕組みがあれば、派遣会社は、正社員と同等の賃金の上に経費や利益を上乗せした派遣料金を請求せざるを得ず、派遣料金は必ず、正社員を雇うより割高になる。高くても買ってくれる派遣労働を提供するため、派遣会社は人材の高度化に懸命になる。
 だが、働き手の賃金にしわ寄せできやすい日本の仕組みでは、派遣を雇うことで、派遣先は同じ仕事で安く働く労働力を導入できる。人手が足りない緊急時の穴埋めなどの「需給調整」の道具としてだけでなく、労務管理も職業訓練も派遣会社に丸投げし、低コストでそれなりの技能の働き手を調達するトンネルとして利用されがちな社会なのだ。
 そうした不安定さから、一九八五年に派遣法が制定されたときは「専門的で立場が強く、値崩れしにくい」とされる専門業務に限られ、労働災害が多くて危険な製造業への派遣は、会社が仕事を請け負ってその指揮下で社員を働かせる「請負」という形で限定的に行われていた。だが一九九〇年代末に、山一証券など、大手企業が相次いで倒れ、失業が増える中で、「雇いやすい派遣労働を拡大して失業を抑える」として一九九九年、原則すべての業務で派遣が認められるように、労働者派遣法が改定された。さらに、二〇〇四年からは製造業でも解禁される。
 働き手にコストのしわ寄せがしやすい日本の仕組みの下で派遣労働の「納入先」が広がったことで、簡単にもうかる仕事として派遣会社は増え、日本の派遣会社の数は先進国中で最高水準になった。多くは、福利厚生や職業訓練を自前で施す体力のない零細企業で、企業が労使交渉や福利厚生、職業訓練などの雇用責任を名目的に省ける便利なサービスとして労働の劣悪化につながった。リーマン・ショックという大変動で、そのもろさが一気に露呈した。

安定雇用を浸食

 もちろん、派遣労働が必要という経営側の主張も、根拠のないものではない。グローバル化で国際競争は激化し、人件費削減競争も強まっている。その中で、需要の変動に合わせて「必要な時だけ必要な人員を」とする「労働力のカンバン方式」が広がっている。また、正社員の安定雇用を守るため、好景気の一時的な人手不足を補う労働力が必要だという声は、労働界にまだある。
 ただ、そう主張するなら、社会全体にとって必要な変動リスクの回避のツケを、なぜ一部の派遣労働者だけが負わされるのかという疑問が出てくる。人は雇用によって生活を維持している。その雇用が極端に不安定で劣悪になれば、「労働による生活の維持」という根本が崩れ、生活保護などへの依存が増えて社会は壊れる。とすれば、「雇用をつくる」の名の下に増やされた雇用責任を負わない働かせ方を、果たして雇用と認めていいのか。
 こうした疑問に一部こたえるため、派遣労働の拡大と引き替えの形で登場したのが、派遣労働の上限をこえた場合に派遣先が直接雇用を申し込む義務だ。専門的で立場が強いとされる「専門二六業務」や、一定期間で終わるプロジェクト型派遣、育児・介護休業者の代替派遣などを除き、三年の年限を超える派遣労働者に派遣先が自社の直接雇用の社員になることを申し込ませることで、不安定な派遣労働を恒常化させない措置だった。
 この義務付けを逃れるため、直接雇用の申し込み義務のない「請負」と偽って派遣社員を導入するのが「偽装請負」だ。
 二〇〇六年ころ、朝日新聞などの報道でこれらの脱法行為が問題になると、派遣先と派遣会社は、さらに新手の回避策を編み出す。派遣労働の上限が来ると「直接雇用に切り替える」として短期の期間工に採用し、この期限が切れると次の更新をせずに打ち切る。派遣会社はこの働き手を雇って、再度派遣として送り込む方法だ。一旦派遣社員になった働き手は、派遣労働と期間工の循環の中で、安定雇用の正社員になれないまま働き絨けることになる。
 こうした動きに、訴訟も相次いだ。パナソニック(旧松下)ブラズマディスプレイで派遣工として働いていた吉岡力さんは二〇〇五年、大阪労働局に偽装請負を内部告発した。是正指導を受けた会社側は、吉岡さんを従来と異なる業務に異動させ、期間満了で契約を更新しなかった。吉岡さんはこれを「報復措置」として損害賠償と松下プラズマ社への復職を求めた。
 高裁判決では、違法な「偽装請負」は公序良俗に反するとして派遣契約を無効とし、松下プラズマで働き続けてきた事実から、同社とは「黙示の雇用契約」があったとした。だが、この判決は〇九年、最高裁で覆された。「仮に違法な労働者派遣でも、それだけで派遣契約が無効になることはない」とされ、松下プラズマ社側が吉岡さんの採用に関与したり、給与の額を事実上決定したり、などの実質的な雇い主としての行為をしていなかったため「黙示の雇用契約」も成立していないとされたからだ。
 同様の訴訟は、全国で少なくても六〇件はあるといわれ、今後の判決が注目されている。その一つが、いすヾ自動車で働いてきた佐藤良則さん(五一)らの訴訟だ。北海道に住んでいた佐藤さんは二〇〇三年、不況で失業し、求人誌で神奈川県の会社の自動車部品組み立て工の募集を知った。「残業あり、月三〇万円以上可能」の条件ならやがては家族を呼び寄せられると、単身で郷里を出た。だが、その会社はメーカーではなく、大手の工場に働き手を送り込むだけの派遣・請負会社だった。正社員が当たり前の世代である佐藤さんは、がんばって働けばやがては正社員になれる、この年では正社員になる最後のチャンスだと思い、働き続けたという。
 製造業派遣が解禁になった〇四年、知らぬ間に請負から派遣契約に変えられ、やがて、同じ工場で三年を越える派遣工が一斉に直接雇用に切り替えられた。だが正社員ではなく、三年契約の期間工だった。契約期限が終わりに近づいた二〇〇六年、派遣会社の担当者が来て、「いま戻らないとウチとは縁が切れる」と言った。短期の期間工では不安だった佐藤さんは、派遺会社に戻るしかないと思い、承諾した。「いま戻れば一〇万円の入社祝い金を出す」と説いて回る大手派遣会社もあった。熟練した働き手を派遣先の直接雇用として定着させることなく循環させる仕組みだと、今は考えている。
 再度派遣として働くうち、〇八年の「派遣切り」が到来し、仕事を失った。派遣先と実質的な雇用関係があったとして、佐藤さんは、いすヾの正社員としての復職を求めて係争中だ。正社員に戻れたときに備え、生活保護を受けて神奈川県内で暮らす。家族は呼び寄せられないままだが「こんな働き方では子どもたちの世代は生きていけなくなると思うと後に引けない」と話す。

「専門職」も偽装?

 派遣法制定当時から対象となった通訳や秘書、アナウンサーなど二六の「専門業務」でも、問題は広がっている。
 大手自動車メーカーのデザイン開発部門の派遣社員だった女性(三七)は二〇〇九年三月、業績悪化を理由に雇い止めにあい、六年余り働いた職場を追われた。採用時はデザイナーの補助業務といわれ、スキルを生かせると思ったが、届いた契約書を見ると、二六業務中の「事務用機器操作」となっていた。「コンピューターの配線や修理をするわけでないのに」と納得がいかず、何度も派遣会社に見直しを求めたが「パソコンを使うから」との一点張りだった。やがて、庶務でもデザイナーでも、みな「事務用機器操作」として派遣されていたことがわかった。実際の職場ではパソコンを使ったデザイン業務以外の仕事も任されるようになり、新車の開発会議に参加して意見も言わされた。「正社員の業務を『専門業務』の名でやらされていただけ」と振り返る。
 「専門性が高く強い立場」として例外になったはずなのに、正社員と区別がつかなくなり、正社員が不安定な派遣社員に置き換えられる温床となる。そんな専門業務をめぐる紛争は相次いでいる。〇九年一二月に和解した住宅設備大手、パナソニック電工訴訟でも、社員としての地位確認を求めた原告女性が「多くは接客」と主張したのに対し、「専門業務の知識が必要で接客ではない」と反論する会社側の主張が対立した。
 二〇〇六年、大手派遣会社のスダッフサービスから日本赤十字に派遣され、〇九年、期間満了で契約更新を拒否された廣瀬明美さん(三五)は一〇年一二月、派遣会社と派遣先を相手取って、正社員としての地位を確認することなどを求めた訴訟を起こした。この例でも、期間制限のない「事務用機器操作」としての派遣だったのに、献血のための広報や献血受付、採血機器メーカーの研修など、正職員がこなす一般業務がほどんどだった。一般業務なら、期間を越えたら直接雇用の申し込みがあるはずと思ったが、それもないまま、やがて派遣元が、違法派遣で厚労省から是正指韓を受けた。派遣会社は派遣業務を「受付」に是正したいと派遣先に申し入れたが、派遣先は、派遣元が是正指導を受けたので契約をうち切ると通告。廣瀬さんは、労働局に「業務内容が実際と違う」と申告し、指導が入ったにもかかわらず、派遣先の対応は変わらず、廣瀬さんは仕事を失った。
 「女性の正社員の仕事が、派遣に置き換えられている。違法状態が判明しても、派遣先も派遣元も何の責任も取らない。困るは労働者だけ」と廣瀬さんは言う。

改正案は派遣労働者を救うか

 「派遣労働が雇用をつくる」「派遣を規制すると失業が増える」との経営側の主張に対して規制強化を求める側は、「派遣労働を規制しても仕事が減らなければ、他の働き方が増えるだけ。よりよい働き方に切り替えていくための規制が必要だ」(関根秀一郎・派遣ユニオン書記長)と反論する。
 不安定労働者に詳しいミラノ大学のステファノ・サッキ助教授は、柔軟な働き方と安心を両立させる「フレクシキュリティ」の条件として、@短期雇用でも雇用が続く保障、Aまともな生活ができる賃金、B次の仕事探しまでの失業手当などの社会的保護、C職業病のおそれのないまともな労働条件、D次の仕事に就ける技能獲得の機会、E労働権の保護、F仕事と私生活のバランスをとれる機会などを挙げているが、日本の派遣労働は、これらの条件をきわめて満たしにくい仕組みだ。
 一方、欧州では、派遣労働の弱点を克服するため、いくつもの規制が講じられている。
 派遣先に違法行為があった場合は派遣先との雇用契約があったとみなす「直接雇用みなし制度」はそのひとつだ。違法行為の是正指導があった松下プラズマ事件や廣瀬さんの例は、この仕組みがあれば、救済された可能性が高い。不安定さの緩和のため、ドイツの場合は、派遣社員は派遣会社に期限なしで雇われる「常用型派遣」が原則とされている。派遣会社の「正社員」扱いで派遣先の仕事がなくなっても、次の仕事が見つかるまで派遣会社で職業訓練を受けながら待機でき、いきなり失業とはならない仕組みだ。
 一方、フランスは、派遣先の仕事がなくなったら派遣先との契約関係も切れる不安定な登録型派遣が主流だ。しかし、「待遇は派遣先の前任者と同じ」という均等待遇が原則で、賃金、労働時間、交通費や昼食費補助は正社員と同じとされている。不安定さの代償として、契約終了時に総賃金の一〇%相当の手当も出る。失業中は賃金の五六%分の失業給付が一年三カ月出るため落ち着いて次の仕事を探せる。「前任者と同じ待遇」ということは、正社員の賃金が上がらなければ賃金は上がらない。資格の高い仕事へ移ることが昇給のカギだ。このため、企業が拠出する職業訓練基金に、資格の向上がより重要な派遣業界は、賃金総額の二・二%と、一般企業より〇・六ポイント高い拠出金を求められる。
 これらの各国の実績をもとに、欧州連合(EU)は〇八年、派遣労働者に正規労働者と同等の権利を始業時から義務付ける均等待遇指令を採択し、三年以内に国内法を整備するよう求めた。
 日本の労働者派遣法改正案は、不安定な登録型派遣の原則禁止をうたい、より安定的な「常用型派遣」へ誘導することを狙ったといわれる。だが、日本の「常用型」は、期限なし雇用の正社員ではなく、短期雇用も含む。「常用」とは厚労省の取扱規則の中の「常時雇用」のこととされ、「常時雇用」の定義は、@期限のない雇用A短期の契約(六ヶ月や二年など)を繰り返して一年を超えて働いてきた者B短期の契約を繰り返して一年を超えて働くと見込まれる者とされているからだ。
 また、登録型は原則禁止とされたものの、「専門二六業務」が例外とされたことにも議諭がある。派遣法制定のころから、専門二六業務は「専門的だから立場が強く安定的」という前提で認められてきた。だが、二六業務には、事務用機器操作など、かつて女性の正社員の仕事だった分野が多く含まれ、「立場の強さ」より、女性の正社員を、企業から切り離しが自由な派遣社員で代替するための措置と見た方がわかりやすいとの見方が少なくない。専門的だから立場が強く安定的、という論理にも疑問が投げかけられている。労使交渉が難しく、均等待遇もない日本の派遣労働では、仮に専門的な技能でも、供給が増えれば賃金が下がりやすく、「専門的だから立場が強い」は、専門性のイメージを利用したトリックとの批判があるからだ。
 こうしたさまざまな例外づくりによって、禁止の対象となる派遣労働者は、約二〇〇万人のうち四四万人にとどまる(図2)。
 改正案では「直接雇用みなし制度」の導入が目玉と言われているが、気がかりは、直接雇用の条件が「違法があった時の契約条件」とされていることだ。「常時雇用」の定義に短期契約が含まれ、均等待遇も保障されにくい社会では、直接雇用になっても、派遣契約時と同じ正社員より大幅に低い賃金のままで、期間満了で仕事を失って終わりとなる恐れがある。さらに、団体交渉に応じる義務をはじめとする派遣先の責任強化や均等待遇が落ち、均等待遇が「均衡を考慮」にぼかされるなど、派遣労働の質の向上のための本質的な措置の多くが、先送りされた。

まず実態の共有を

 こうした改正案にとどまったのは、経営側の「失業が増える」といった声のほか、派遣法改正を公約した民主党や、連合の大手労組の中にも、規制に後ろ向きな声があるからだ。
 労使協調路線をとってきた大手労組の中には、企業の業績を損なう改定に否定的な空気もある。規制に否定的な派遣会社社員の労組もつくられ、これらの動きを受け、民主党内には「派遣制度の改善を推進する議員連盟」など、規制強化に反対する動きも出ている。同連盟の会長である川端達夫文科相はホームページで、「規制強化だけで、業界が『角を矯めて牛を殺す』ことになってしまってはダメです」と述べる。
 確かに、派遣の禁止だけでは、派遣労働はヤミにもぐるだけに終わる。だが、国際労働機関(ILO)が一九九七年、派遣の原則自由化を求めたとされる181号条約を採択し,たのは、ヤミに潜らせるより、法的に認めて規制した方が有効という発想が背景にあったからだ。野放図な拡大が招く雇用の劣化を食い止め、「必要な派遣」の質の向上を考えるなら、欧州で行われているような規制は不可欠だ。
 日本では、こうした派遣労働の質の改善に乗り出すべき立場の業界団体の動きも鈍い。二〇〇九年、人材派遣業協会の幹部は、取材に答える中で、「問題は協会に入っていない悪質な業者で、協会内の派遣会社の問題は少ない」と言った。協会内の会社も労働局の是正指導を受けており、この指摘に疑問はある。だが、仮に「悪質な業者」に原因があるとするなら、その駆逐のために協会が率先して対応すべきではないかと聞いてみた。だが、この質問にたいして明確な回答はなかった。
 同協会が「派遣の正しい理解のため」としてホームページ上に公開している「『ハケン』のホント」というQ&Aに対し、二〇一〇年一二月には、女性ユニオンのメンバーなどがつくる「働く女性の全国センター」は「『ハケン』のホントの14の嘘」という反論冊子をまとめた。ここでは、協会側の「労働者派遣は失業の予防と労働力の需給調整に貢献しています」との主張に「派遣切りしといて失業予防ってどういうこと」と疑問を投げかけ、「派遣労働を通じて能力開発・キャリア形成は可能」には「資格を取っても一生ハケンです」と切り返している。派遺労働は仕事と生活の両立に役立つとする協会側に対し、冊子では、育児休業をとれない女性の派遣社員が多いことも指摘した。こうした反諭や疑問に、業界が率直に対応していくことが、派遣の真のイメージアップにつながる。
 派遣労働をめぐる調査でも、論議が起きている。東京大学社会科学研究所の入材フォーラムは二〇一〇年九月、派遣社員の五五%が製造業派遣の禁止に反対しているとのアンケート結果を公表、これを派遺業界が広く流した。人材フォーラムの母体となった研究が大手派遣会社の寄付で行われていたことなどもあり、派遣規制を求める労組や日本労働弁護団などは、「派遣法改正案は安定した常用型派遣へ誘導する狙いなのに全面禁止との誤解を招く質問内容だ」などと公開質問状を出し、調査を主導した佐藤博樹教授は「調査結果を派遣の現状肯定の論拠にされては困る」と釈明している。
 派遣労働が抱える問題点が直視きれず、社会がこれを共有していない現状が、派遣労働の問題解決を遅らせている。労使双方から信頼される調査で実態を明らかにし、問題点から目をそらさない国会審議によって必要な規制を行うこと。これによって働き方の質の向上ヘ一歩進めることが、日本社会の再生に不可欠だ。


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