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「世界」  2012/8  【 以下、無断転載・無断作成 】



「尖閣購入」問題の陥穽



豊下楢彦
関西学院大学法学部教授。国際政治、外交史。一九四五年生まれ。著書に『日本占領管理体制の成立−比較占領史序説』(岩波書店)、『安保条約の成立』『集団的自衛権とは何か』(以上岩波新書)、『昭和天皇・マッカーサー会見』(岩波現代文庫)ほか。



一 購入対象は三島から四島へ

 去る四月一六日、石原東京都知事はワシントンでの講演に際し、尖閣諸島のうち個人が所有する魚釣島、北小島、南小島の三島を都として購入するとの方針を明らかにした。なぜなら、「日本の固有の領土として守るために代償を払ってあの島々を国家の財産として保有することは本来は国家の責任」であるにもかかわらず、「国が不作為を決め込む」以上は都が購入して「実効支配を強化」せねばならないからである(『文芸春秋』二〇一二年七月号)。

 この購入方針に対し筆者は五月一〇日付の『東京新聞』において、「なぜ購入は三島なのか」と問うた。つまり、尖閣諸島を構成する主要な五つの島嶼のうち大正島は国有地であるが、久場島は他の三島と同じく個人所有であるにもかかわらず、なぜ石原氏は同島を購入対象から外すのか、という提起であった。すると六月八日の定例会見において同氏は突如として、「久場島も取得する」との考えを示した。その理由は、久場島は他の三島を所有する男性の妹が所有しており「一島だけ別の人が持っていたらややこしい」とのことなのである。そうであるなら、なぜ当初より四島購入を打ち出さなかったのかという問題は別として、久場島の購入は尖閣問題の本質を暴きだすことになる。

 すでに昨年の本誌で論じたが(拙論「『尖閣問題』と安保条約」二〇一一年一月号)、「第十一管区海上保安本部」の提供区域一覧表によれば、実は久場島と大正島は、驚くべきことに「黄尾嶼」と「赤尾嶼」という中国名を冠して「射爆撃場」として米海軍に供されているのである。中国が尖閣諸島の領有権を主張する際の根拠に挙げる、明の時代の文献に登場する島嶼名をなぜ海上保安庁が用いているのか全く理解に苦しむが、いずれにせよこれら両島は「米軍の許可」なしには日本人が立ち入れない米軍の排他的な管理区域になっているのである。「日本固有の領土」であり「国の命運を左右しかねぬ存在」(石原氏)となった尖閣諸島の、それを構成する五島嶼のうち二島までもが、中国名をもって米軍に提供されて哀れにも爆撃訓練のターゲットとされ、しかも「日本人立ち入り禁止」の区域になっているのが、紛うことなき尖閣の現実なのである。それでは、これら二島は訓練場として使用されているのであろうか。二〇一〇年一〇月の「政府答弁書」によれば、一九七八年以来「三〇年以上にわたり米軍から使用通告がない」というのである。日米地位協定では、必要でなくなった施設・区域は日本に返還されるべきことを規定しているが、政府が返還を求めてこなかった理由は、「米側から返還の意向が示されていない」というのである。

 この「屈辱的」とも言える事態を前に直ちに想起されるのは、東京都の米軍横田基地の存在である。『東京新聞』は「横田基地は必要なのか」と題する長文の社説(五月一三日付)において、現在の同基地が、輸送機とヘリがわずかに発着するだけの「過疎」の状況である一方で、一都八県の上空を覆う横田空域が「米軍の聖域」になっている現状を指摘し、「首都に主権の及ばない米軍基地と米軍が管理する空域が広がる日本は、まともな国といえるでしょうか」と問いかけた。まさに石原流の表現を借りるならば、「独立から六〇年も経って首都圏の広大な空域が外国軍の管制下にあるような国なんか世界のどこにあるんだ」ということであろう。しかし、この威勢のよい啖呵の矛先は、一三年前に「横田返還」を公約に掲げて都知事に就任した石原氏当人に向かうことになる。仮に久場島を本気で購入する意思があるのならば、石原氏は一層のこと、久場島と横田基地の即時返還を米国に正面から突きつければ良いのではなかろうか。

 二 米国の「あいまい」戦略

 石原氏による久場島購入の「意向」表明は、はしなくも尖閣問題が日中関係の問題であると共に、何よりも日米関係の問題であることを明らかにした。しかしそこには、尖閤諸島の帰属という、より本質的な問題がある。一九七二年の沖縄返還に際し同諸島も日本に返還されたが、実は当時の米ニクソン政権は、前年六月の返還協定の調印を前に、「沖縄と一緒に尖閣諸島の施政権は返還するが、主権問題に関しては立場を表明しない」との方針を決定したのである。こうした「中立の立場」に対しては、同諸島を訓練場として使用してきた軍部の側から批判が提起されたが、にもかかわらずニクソン政権が主権問題で「あいまい」戦略を採った背景には中国や台湾への「配慮」があった。つまり、一九六九年に国連の下部機関が「東シナ海には中東並みの石油・天然ガスの埋蔵が期待できる」との報告書をまとめて以来、両国は突如として尖閣諸島への領有権を主張し始めたのであるが、ニクソン政権にあっては、来るべき「米中和解」、という中国問題と、「台湾においては尖閣諸島問題はエモーショナルな問題となっており」(スナイダー駐日米公使)といった台湾問題に直面していたのである。

 とはいえ、こうした「配慮」に加えて何より重要であったのは、日中間で領土紛争が存在すれば、沖縄の本土への返還以降も「米軍の沖縄駐留は、より正当化される」という思惑であった。つまり、尖閣諸島の帰属に関するニクソン政権の「あいまい」戦略は、沖縄返還に際して日中間にあえて紛争の火種を残し、米軍のプレゼンスを確保しようとする狙いがあったのである。

 領土問題をめぐる米国のこうした思惑は、先の拙論で論じたように、「北方領土」問題でも鮮明に示されている。国後と択捉がサンフランシスコ講和条約で日本が「放棄」に同意した「南千島」に属するとの認識をも背景に、一九五六年の日ソ交渉において重光外相が「歯舞・色丹の二島返還」でソ連との間で平和条約を締結する決意を固めた際にダレス米国務長官が厳しい批判を加え、やがて「四島返還」が「国論」として祭り上げられることになった。この「ダレスの恫喝」は、問題が沖縄返還に波及することへの危惧とともに、何よりも、日本とソ連が領土問題で紛争状態を永続化させることが米国にとって最大のメリットがある、との判断に基づいたものであった。

 このように見てくるならば、尖閣諸島の帰属問題で米国が「あいまい」戦略をとり、日本と中国が激しく相争っている状況は、結局のところ、米国の掌の上で両国が弄ばれている姿に他ならない。いずれにせよ、国際社会から見れば、尖閣をめぐる問題は、まさに「異様」と言う以外にないであろう。なぜなら、日本の政府もメディアも研究者も世論も、豊富な資料と歴史的経緯に照らして尖閣諸島が間違いなく「日本固有の領土」であると主張し続けてきた。ところが、この「明々白々たる歴史的事実」を、唯一無二の同盟国たる米国が認めようとしないのである。中国からすれば、これほど有り難い状況はないであろう。実に同国は、尖閣の帰属をめぐる日米間のこの重大な亀裂を徹底的に突いて攻勢を強めてきたのである。

 米国は南沙諸島の無数の島嶼について、それらの帰属のありかに踏み込まないとの立場を表明している。こうした「中立の立場」は十分に理解できるとしても、尖閣の場合は、ことの性格を根本的に異にする。米国は戦後二七年間にわたる沖縄の軍事占領の間に尖閣を「沖縄の一部」と位置づけ射爆場として使用してきた。さらに沖縄の返還以降も、久場島と大正島を管理下においてきたのである。こうした経緯をもつ尖閣諸島の帰属について「中立の立場」にたつことは、日本を「侮辱」するものであると共に、中国が不当きわまりない主張を展開するにあたって「最大の論拠」を与えているのである。

 とすれば、日本の政界もメディアも、沖縄返還以来の米国のかくも無責任な立場を真っ向から問うべきであった。「固有の領土」論の正しさを強調すればするほど、なぜ米国がそれを拒否するのか、この根本的な問題に正面から取り組むべきであった。石原氏は講演で渡米する前に、「向こうで物議を醸してくる」と述べた。そうであるなら、ワシントンにまで行って、一九七〇年代以来の尖閣問題の核心にある米国の「中立の立場」について、なぜ「物議を醸す」ことをしなかったのであろうか。

 三 「固有の領土」と「固有本土」

 ところで、尖閣問題が論じられる際に枕詞のように使われるのが「固有の領土」という言葉である。北方領土や竹島の場合も含め、今や日本においては「固有の領土」は疑問の余地なき概念として使われている。しかし、仮にこの概念が国際社会でも通用するとした場合、英語で何と表現されるのであろうか。例えば外務省は、日本領土のintegral part(不可分の)とかinherent part(本来の)という表現を用いているようである。しかし、主権国家が成立して以降も絶えず国境線が動いてきたヨーロッパにおいて「固有の領土」といった概念は存在しない。というよりも、そもそも「固有の領土」とは国際法上の概念では全くなく、北方領土、竹島、尖閣といった領土紛争を三つも抱え込んだ日本の政府と外務省が考えだした、きわめて政治的な概念に他ならないのである。

 だからこそ、「固有の領土」とは何かという根本的な概念規定については、これまで明確にされたことはないのである。例えば琉球諸島から成る沖縄の場合、一体いつから.日本の「固有の領土」となったのであろうか。ご言うまでもなく、かつての琉球王国は独立国家であった。それでは、一八七九年(明治一二年)に沖縄県が設置されてからのことであろうか。しかし、翌年に明治政府は、沖縄本島以南の先島諸島(宮古・八重山諸島など)を清に「割譲」する条約案に仮調印を行った。とすると、尖閣を含む琉球諸島は、一五年後の日清戦争を経て初めて「固有の領土」となったのであろうか。

 いずれにせよ、実は「固有の領土」をめぐる本質的な問題は、太平洋洋戦争の末期に明らかになる。一九四五年六月下旬、昭和天皇は当月初めの御前会議で決定された「徹底抗戦」方針を自らが主導して軌道修正に乗り出し、元首相近衛文麿を「陛下の御内意」を体した「天皇の特使」としてソ連に派遣し、連合国側との和平に踏み出すこととなった。この際にとりまとめられた「和平交渉の要綱」の「条件」の項において、「国土に就いては、止むを得ざれば固有本土を以て満足す」と記され、「解説」の部分で具体的に、「固有本土の解釈については、最低限沖縄、小笠原、樺太を捨て」と説明されていたのである(拙著『安保条約の成立』岩波新書)。

 つまり、沖縄は日本の「固有本土」ではなく、和平条件として連合国側に「捨て」られるものと位置づけられていたのである。この驚くべき「要綱」から明らかになることは、実は明治以来の日本の支配層にほ、「固有本土」と、その周縁に位置し戦後の領土紛争をめぐる議論のなかで政府が「固有の領土」と名付けることになる二つの領土概念があり、「固有の領土」は「固有本土」の安全を確保するための犠牲になったり、場合によっては「捨て」られる対象と看做されてきた、ということなのである。だからこそ、「本土の防波堤」として沖縄が悲惨きわまりない地上戦で破壊しつくされた直後に右の「要綱」がまとめられたということは、支配層が沖縄をいかに位置づけていたかを象徴的に示しているのである。

 講和条約第三条によって沖縄が本土から「切り離され」て安保体制の犠牲になってきた歴史は良く知られたところであるが、本土復帰から四〇年を経た今日も「犠牲の構造」は何ら変わっていない。例えば、嘉手納基地の周辺で深夜早朝に米軍機が飛んだ回数は昨年の一年間で五〇〇〇回をこえたという。人間の日常生活の破壊そのものである。さらに、今日の最大の焦点はオスプレイ配備問題である。数々の墜落事故を引き起し、米本土の基地周辺では地元住民の反対で低空飛行訓練が中止される事態を招いている危険な輸送機を

何と野田政権は沖縄に本格配備する方針を決定したのである。今後の「島ぐるみ闘争」で情勢は変わり得るが、ここに示されている本質的な問題は、日米両政府による沖縄の「植民地化」に他ならない。

 これだけの差別がなされるということは、結局のところ、沖縄が「固有本土」ではなく、なお「固有の領土」として扱われているからであろう。ところが、人も住まない尖閣諸島を「固有の領土」として断固死守を主張する人達が、一四〇万人もの人口を擁し、同じく「固有の領土」である沖縄が外国軍によって長く植民地扱いされていることについては、なぜか沈黙を決め込むのである。ということは、「固有の領土の死守」は単なるレトリックであって、そこには別の意図が込められているのではなかろうか。

 改めて石原氏のワシントンでの講演を見ると、彼がとりわけ力を込めたのは、中国を「主要矛盾」として位置づけたうえで、世界が緊張するであろう日本による「核開発のシミュレーション」の行使を宣言すること、さらには、日本の高い技術力を駆使した兵器開発、なかでも、将来的には中国の指導者をもピンポイントで狙うことができる超高遠の「非核攻撃ミサイル」の開発であった。そして、こうした文脈の最後に「尖閣購入」方針が提起されたのである。つまり、石原氏にとって尖閣は、この間の彼の持論であるが、海上保安庁ではなく自衛隊が前面に出ることによって、軍と軍の衝突から「軍事紛争」を生じさせ「米国が踏み込んでこざるを得ない」ような状況をつくりだす、そのための格好の契機として位置づけられているのである。今回の講演が、米国において中国に対する最強硬派のシンクタンクであるヘリテージ財団で行われたことは、問題のありかを象徴的に示していると言えよう。

 四 歴史に「新たな答え」を

 以上に見たように、石原氏による「尖閣購入」方針は、中国を「挑発」し日中関係を極度に緊張させる役割を演ずるものに他ならない。それでは、現在のオバマ政権にとって中国は、「日米共通の敢」と位置づけられているのであろうか。たしかに、バネッタ米国防長官は中国の「外洋戦略」に対して「エア・シー・バトル」構想を推進し、六月初めにシンガポールで開かれたアジア安全保障会議では米海軍艦船の太平洋と大西洋における割合を従来の五対五から六対四に変更するとの方針を掲げたことから、中国への「軍事的包囲網」の強化と報じられた。しかし彼の演説内容を見てみると、中国を「平和で繁栄した二一世紀のアジア太平洋を発展させる鍵」と位置づけ、米中開係は「世界で最も重要なものの一つ」であると位置づけ、米中関係は「世界で最も重要なものの一つ」であると述べ、同盟諸国との間でしか使わない「軍と軍の関係」(mil to mil relatioship)を中国との間でも永続的に構築していく決意を表明しているのである。

 さらに、五月三、四日に北京で開かれ数十項目にものぼる分野で活発な討議が展開された米中戦略経済対話においてクリントン国務長官は、「強く繁栄し成功した中国」を米国は歓迎すると述べ、違いや対立点について率直に議論を交わしつつ「積極的で協力的で包括的な関係」を中国との間で追求していきたい旨を強調した。その上で彼女は、米中開係を「ゼロサム的な思考」で捉えるべきではなく、両国は「既存のパワーと台頭してくるパワーとの間で起こってきた古い問題に対して新たな答えを導き出すという、これまでの歴史に先例のない課題に挑戦している」と指摘し、今日直面している問題は「脅威ではなく機会である」と断じたのである。つまり、新旧のパワーが衝突を繰り返してきたようなこれまでの歴史を再現すべきでない、という決意を披瀝したのである。

 米国の外交と防衛のトップが中国に対して以上のような認識を示したことは何ら驚くことではない。なぜなら、かつての米ソ冷戦時代とは状況を根本的に異にし、グローバル経済のもとで米中両国は日中関係以上に密接な相互浸透の関係にあるからである。だからこそ、外務省が今春に米国で実施した世論調査では、「東アジアで最も重要なパートナー」として有識者たちの五四%が中国を挙げたのである。日本が四〇%であったことを考えると、日米中関係は構造的変化を遂げているのである。従って、イラク戦争を主導した軍産複合体に連なる一部の好戦的な勢力を除けば、中国との軍事衝突は問題のの外である。

 ところが、米国にとって何より危惧されるのが、東アジアの大国である日本と中国の関係が極度に悪化する場合である。例えばブルッキングス研究所の研究員R・C・ブッシュがその報告書(邦訳『日中危機はなぜ起こるのか』柏書房)で詳細に分析しているように、仮に日中両国が尖閣問題で衝突する事態となれば、米国が巻き込まれる危険性が現実のものとなりかねないのである。

 っまり、先に検討したように、日中関係に紛争の火種を残しておくといった七〇年代以来の戦略環境は様変わりし、今やその火種が一気に燃え上がり米国を巻き込む恐れがでてきたのである。無責任きわまりない「あいまい」戦略の深刻なツケが回ってきた訳である。何より尖閣諸島の場合、久場島と大正島は米軍の管理下におかれている。とすると、国際法に基づくならば、これら二島の領海における防衛責任ほ日本側にあるとしても、島嶼自体の防衛は米軍の責任なのである。より具体的に見れば、二〇一〇年九月に久場島の領海に中国漁船が不法侵入してきたが、あの場合に、仮に船員達が同島に上陸をはかっていれば、その排除責任は安保条約の規定とは関係なく、当然ながら管理権者である米軍にあるのである。こうして、尖閣諸島をめぐる衝突は、否応なしに米国を巻き込む性格を有しているのである。

 五 「愚かな試み」を越えて

 それでは、おそらくは戦後史において日米中関係を最も危機的な事態に直面させるであろう尖閣問題に、日本はいかに対応すれば良いのであろうか。まずは「固有の嶺土」という不毛な概念から離脱することである。政府やメディアが、国際法上の根拠もないこの概念を綿密な検証もなしにお題目のように繰り返すことで、日本外交が呪縛され柔軟性が失われてきた。仮に、真に「中国の脅威」に対処すると言うのであれば、ロシアや韓国と緊密に捷携できるように、北方領土と竹島問題で「戦略的な解決」を選択すべきである。

 尖閣問患の場合、「固有の領土」概念は「領土問題は一切存在しない」という主張と直結する訳であるが、すでに見たよぅに米国の「中立の立場」は、尖閣の領有権は日本にあるか中国か台湾か明確でないという立場である以上、まさに「領土問題が存在する」との認識の表明に他ならない。仮に今後も日本政府が「固有の領土」概念に固執するのであれば、まず米国を説得せねばならない。その上で、同盟国たる米国の同意さえ獲得できないならば、日本は事実として「領土問題の存在」を認め、中国や台湾との具体的な協諌に臨むべきである。

 まず、中国や台湾が領有権を主張し始める契機となった尖閣周辺の海底資源の問題であるが、考えてみれば四〇年以上も前の調査結果であり、「本当にこの海域に膨大な量の石油・天然ガスが存在するか」(猪間明俊・石油資源開発元取締役)という根本的な問題が存在するのである。場合によっては、関係諸国が「幻の資源」をめぐって相争っていた、ということになりかねない。そこで、日本と中国、さらには米国や台湾の企業も含め、共同の資源調査を行うべきであろう。なぜなら、「最近では世界中で一つのプロジェクトを複数の開発会社共同で行うのが常態化している」からである。現に一九九六年には、中国が東シナ海で開発しているガス田事業に対し、日本の政府系金融機関である旧輸出入銀行が一億二〇〇〇万ドルもの融資を行い、上海にまで至るパイプラインが敷設されることになった。日中間の共同開発事業は、すでに実績を踏んでいるのである。

 次いで、日々の衝突が懸念される漁業問題であるが、まず確認されるべきは、二〇〇〇年に発効した日中漁業協定は北緯二七度線以北を対象海域としており、尖閣諸島のある以南では排他的経済水域について棚上げをしている、ということである。従って、この海域では協定がない以上、中国が自国漁船を取り締まる権利は否定されていないし、漁業監視船の行動を根拠づけることもできるのである。他方、台湾との関係で言えば、歴史的には日本の植民地時代も米軍の沖縄統治時代も、台湾の漁民は同海域で自由に漁業を行っていたのである。そうであるからこそ、台湾の漁業関係者に入会権のような特典を与えたり合弁会社を設立して「日台共栄の海」を実現しようといった提案もなされるのであり、当然ながら、これを中国の関係者にも広げることが展望されねばならない。つまり焦眉の課題は、この海域の無協定状態に終止符をうつことであり、例えば、日本の領土問題の第一人者である国際法の芹田健太郎教授ほ、漁業資源保護や環境保全のための「東アジア漁業委員会」といった国際委員会の設置を操業している(『日本の領土』中公文庫)。

 以上のような協議をすすめつつ日中両国は、東シナ海での不測の事態を防ぐための「海上連絡メカニズム」の設置や海洋安全保障協議の常設化などの危機管理システムの構築に取り組まねばならない。ただ、米中間のような重層的な戦略対話を制度化していくうえで大きな障害になっているのが、先の報告書でR・C・ブッシュが「日中の安全保障のジレンマの要素の中で最も対処がむずかしい」と指摘する「歴史問題」である。しかし、視点を変えるならば、ここで鍵を握っているのが沖縄なのである。なぜなら、沖縄は日本の戦争の拠点となったが、同時に「犠牲者」でもあった。従って、歴史認識問題において、日本と中国などアジア諸国とを「架橋」できる位置にたっているのである。つまり沖縄は、東アジアの「信頼醸成の拠点」となり得るのである。

 こうした役割を沖縄が担うことは、今や死活にかかわることである。なぜなら、オバマ政権が沖縄に集中しすぎていた海兵隊の太平洋への分散配置に乗り出した理由は、中国のミサイル攻撃能力が向上し在沖米軍の抑止力が失われ「大打撃を受けかねない」からであり、従って中国との戦争ともなれば「沖縄は捨て石にされかねない」事態が生まれるからである(『日経新聞』二〇一二年三月二七日)。

 「生き残り」のために「軍事の要石」から「信頼醸成の要石」に立ち位置を根本的に変えるという沖縄の展望は、日本外交の今後の方向性にもきわめて示唆的である。なぜなら、今日の日本のあり方は端的に言えば、中国の「横暴さ」と米国の「無責任さ」との間で翻弄されている状態に他ならないからである。急速な勢いで「大国」に成りあがった中国は国際社会においていかに振る舞うべきか学習過程にあり、「大国ナショナリズム」にかられて軍の一部や「五龍」と呼ばれる「沿岸警備隊」が周辺諸国を「威圧」し摩擦を引き起こしている。他方で米国は、戦後の長期にわたって「超大国」としての地位にあったことから、今なお「単独行動主義」という習性に取りつかれている。

 従って、中国に対して「海のルールを順守せよ」と求めながら、自らは未だに国連海洋法条約を先進国で唯一批准していない始末である。あるいは、サイバー攻撃についても、中国がその能力を「画期的に増強」させ「絶えぎる脅威」となっていると報じられている。そこで米国はサイバー攻撃を戦争行為とみなし軍事的対応の可能性を表明し、外務省も自衛権発動の対象になるとの見解をまとめた。ところが、当の米国がイスラエルと共にイランの核施設にサイバー攻撃をかけていたことが明らかとなった。とすれば日本は、「いかなる国のサイバー攻撃」も禁ずる国際的な枠組みの構築に乗り出すべきであろう。

 米国と中国という巨大なパワーに挟まれた日本はいかに生きていくべきであろうか。「騎士と馬」の関係において、騎士「米国)に操られつつ「より働く馬」となる道(集団的自衛権)を選ぶか、あるいは核武装や攻撃兵器の開発という「自主防衛」で逆に孤立化の道を歩むか、という選択肢しかないのであろうか。そうではなく、「横暴で無着任な」パワーを規制する「国際社会のルール化」という方向で、ASEANや周辺諸国と密接に捷携しつつ日本がイニシアティヴをとるという方向性こそ、日本の国際的な「存在感」は飛躍的に高まるのではなかろうか。

 いずれにせよ、日中両国の世論状況がきわめて悪化しているなかで、一つの事態が次々とエスカレートして制御不能の「負の連鎖」が引き起される恐れが現実のものとして存在する。ここで改めて、上記のワシントンでの講演を見直すと石原氏は、ロシアとカナダと米国が北極海の海底資源をめぐって「縄張り争い」をやっていることに触れて「非常に愚かな試み」と喝破した。まさに正鵠を射たこの指摘こそ、東アジアをめぐる問題で中国と相対するにあたり、我々が依ってたつべき立脚点を見事に示していると言えよう。






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